無題

4月某日

 国民健康保険の申請に区役所へ。年度が変わって賑わう区役所は20人待ちの表示、仕事のメールを返しながら順番を待つ。自分の不手際でのやり直しは避けたい。再度ホームページを確認し、必要事項を確認する。健康保険等資格喪失証明書、通帳、銀行印…。ついに自分の順番、絶対に不備がないと信じ窓口に行くと「本日中の交付のためには有効な住所か確認できる郵便物が必要でして…」ほらきた!自宅に帰り、適当な郵便物を握りしめ再度区役所。16人待ちの表示。デジャヴのような光景、作業中にデータが消え、やり直しているときと全く気持ちである。再び30分ほど待つ。

 せっかくなので帰りに病院に寄る。診察待ち、会計待ち、処方箋を薬局に出し、薬を待ち…。ぎゅうぎゅうに働いていた日々に対し、セミ無職とデイタイムの街はいささかスローである。花粉症の処方薬なんて簡単なオンライン診療と郵送で済んでしまう今日、区役所といい病院といいまあ非効率と言ってしまえばまあそうである。この待ち時間を情弱と切り捨てるほど冷酷な人間ではないし、豊かな時間と捉えるほどの余裕があるわけではない。スローダウンを望んでいたはずなのに、減速を目の前にして落ち着かないのは皮肉である。

 自分は怠惰な人間であるが、それと同時にワーカホリック的な側面がかなりあったということを認めざるを得ない。放っておくと何もしない自覚があり、何かをさせられることを心のどこかで望んでいるのである。このままだと自分の本質は怠け者で、それから逃れるために自ら会社からの強制労働を望んでいた、ということになってしまう。幸にしてしばらく強制労働はないので、しばしの答え合わせである。

 

某日

 市議選が近い。駅を降りるとどこぞの議員さんが自分の名前を連呼している。彼らの人生が選挙の結果に大きく左右されることは十分に理解しているが、仮に自分が人生を賭けた音楽作品が完成したとして、プロモーションのために路上に繰り出して自分の名前を連呼するだけであったならば本当にただの迷惑な人間である。行き交う人々に路上で自身の政策を語るには時間が短すぎることは十分理解するが、せめて「いい街にします!」くらいのことは言ってほしいと思う。申し訳ないが人々はあなたの名前(ないしは人生)よりもめいめいの暮らしにしか興味がない。

 

4月某日

 フェーダーでDJ。早めに会場に着くとチェリボさんがおり、退職に関する話など。少しずつ人が集まってきてのイベント開幕。終始いい雰囲気で、日曜にも関わらず終電後までかなりの人が残っていた。翌日初授業であったこともあり流石にずっとはおれずタクシーで帰宅。

 

4月某日

 ソーコアでDJ。機材を机いっぱいに並べるアクトがいっぱいいるイベントを見るとINNIT〜idle momentsがやっていた頃の自分の電子音楽青春時代を思い出してしまう。みているだけでいい気分になる。paperkraftとめずらしく音楽の話を少ししたのち、最終的にB2B。かなりたのしかったです。短い曲ばっかかけてすんまへん。

 

4月某日

 サンレコセミナーの撮影。お茶の水エリアは何回来ても楽しい。ソフトをいじりながら一時間半喋りっぱなし。編集する人の手間を案じつつ、撮影後もMI7のスタッフの皆さんとお喋り。自分が余暇の大半を費やしているソフトのチームと喋っているのは面白い。以後Studio oneを起動するたびに自分の顔が表示されるように。みなさんご容赦ください・・・

 渋谷エリア以外の東京滞在は妙にテンションが上がる。せっかくの機会なので上野にホテルを取り、深夜に上野公園を散歩。

 

4月某日 

 東京でカイセイと合流し茨城県結城市へ。道中の電車でいろいろ近況の話など。カイセイはいつも自分の活動の話を楽しそうにするので好きである。

 会場に着いたらリハ。tofuさんのリハも見学したりしたのちに杉生さんも含め4人で飯。会場付近のイタリアンの店が非常によくかなり満足。

 ホテルに戻ったのちにライブセットの修正。tofuさんやカイセイの手元にあるデータもフル活用してオケを生成し翌日に備える。抜き打ちTTHWをやろうと目論んでいたtofuさんの計画は部屋のスペースの都合でなしになり、ひたすら雑談。Texas InstrumentsのSpeak & Spellの話や謎のサンプル共有など。氏がハードオフでたらふく買い込んだ機材が何故かカイセイの実家へと宅配されていったのである。

 翌日は結いの音でライブ。ratiff&in the blue shirtという変則セット。年末のvavaくんとやった時もおもったがラッパーの後ろというのは実に安心かつ愉快な立ち位置である。暖かいお客さんに見守られライブ終了。

 楽屋でSTUTSさんやチェルミコ、パーシーと軽く喋ったのちにtofuさんの運転で帰宅。どんだけ喋んねんという勢いで会話し気づけば品川。私はそのまま新幹線で帰路。

 

某日

 100万回ダメでも100万1回目は何か変わるかも…とドリカムは歌っているが、再現性という意味では、自然科学の手続き的には100万回ダメだったことは向こう何回繰り返そうが同じである。一方でパラメータ応答という意味ではそうとは限らず、計算規模の拡大のみ(のみは言い過ぎであるのは承知の上です)でChatGPTを含む大規模言語モデルの性能は非連続に向上したわけであり、それはさながら超伝導の機構のようである。

 そんなことも踏まえいま高校三年生であったら自分は化学の道に進んだであろうかとよく考える。情報系や電気、機械や制御に比べて個人では活動のしにくい化学という分野により悩まされた部分は多い。実際にいまこの世情で分野選択をしたら化学を選ぶ気がいまいちしないが、どう考えても今の自分の絶妙な仕上がりは化学ありきであるように思え、やり直そうという気分にはならない。

 

5月某日

 川辺くん、imaiさん、とんだ林さん、トリプルファイヤー吉田さんと下北で前飲み。imaiさんがひたすらマカロニえんぴつがいかに素晴らしいかの話をしている。LIVE HAUSに移動すると亮太さんとSummer eyeの夏目さんがいたので少し喋る。奇遇にも自分はシャムキャッツの渚のブートを最近よく現場でかけているが小っ恥ずかしくてその話は特にせず。

 都内のライブハウス然とした会場でやるのは久しぶりである。普段下北沢に来ることがあまりないような自分のお客さんが不安な気持ちにならずに会場にこれるのだろうか・・・などと気配りをするには些か酔いが回っている。

 イベント自体はimaiさんと一時間ずつのがっつり対戦カード。セミ無職なのでセットの仕上がりを追い込めるのが嬉しい。気分がよくなり出番中ふくめすごい勢いで酒を飲んでしまった。イベント後半もへべれけでDJをし、記憶があやふやなまま松屋で朝食を食い、タクシーで離脱。

 

5月某日

 quoree氏のリミックスのアートワークをやってもらったMモトさんの展示へ。だいたい自分は何かをオンラインで一緒にしたあとに後日リアル遭遇するケースが多い。本当にパーソナリティをなにも知らない状態で依頼したので多少申し訳なく感じていた部分もありつつ、なんだかんだで作品を通してコミュニケーションしつつ知り合えるのは何回やっても楽しい。せっかくなのでフィジカルで作品を購入をしようと思ったが売れてしまったようである。

 その後PAS TASTAのワンマンを観にWWW Xへ。アルバム一撃でこの集客と立派なアクト。現場にバリバリ出まくっている訳ではないメンバーもいる中で、攻めたサウンドでこれができるのだから世の中は捨てたもんではない。やはり我々は素晴らしい作品をつくるところからである。理解してもらえないとおもっていたことが、単純に強度不足であったということはままある。

 

某日

 音楽仕事用の進行や金銭の出入りを管理するスプレッドシートをいじりながら、もはやこの金は機材が買える愉快な余剰ではなく、リアルな生活費と捉えなければならないということを思い出し、ふと恐ろしくなってしまった。

 音楽で食う、ということを考えた時に、脳内で収入の円グラフを思い浮かべると、自分の収入源の大半は自ずと広告業界からになる。広告にまつわるクリエイティブというのは、本当に素晴らしい部分と実に邪悪な部分が混在していて、クリエイティブ業、と十把一絡げに同じ箱に入れられてしまうことにそれなりに抵抗があり、自分がサラリーマンに固執していた理由の半分はこことの距離感の調整もあったりもした。いまやこれが食い扶持となった以上、今までほど無邪気ではいられなくなったということである。

 広告の仕事をゼロにすると自分が音楽で生計を立てられないのは明白である。だからこそ、健やかさを維持するためにはここにおれのオールの全権を握らせるわけにはいかない。素晴らしさは理解した上で、依存せず、割合をもう少しコントロールしたい。さて、ではどうやって?と考えた時に、収入の一部に教育分野が含まれるのは自分の中では本当に支えである。教育分野、個人のアーティスト活動、プラス理系人材としてのスキル、使えるものは全部使って健康的に生きたい。そのためには諸々実力が不足している。今年は音楽家としても教育者としても修行の一年であるので、ごちゃごちゃ言わずに鍛錬である。

 

某日

 京都west harlemでbloodz boi来日公演。bloodz boiのビザが降りるかどうかがギリギリまでわからず、なんとなく中国国籍の人が日本来る際にのシングルビザとれるパターンを調べていたがなんとなくアンタッチャブルな雰囲気を感じて非常に興味深く感じたりなど。

 bloodz boiはわざわざ前週にDMをくれたりしていて、せっかくなのでイベント前に少し喋る。昔の日本のサンクラシーンや中国の音楽の話など。彼のライブは、想像していたが、それを超えるレベルで叙情的ですこし驚いてしまった。

 

某日

 扇柴さんのお誘いで尼崎toraに出演。道中高校時代よく尼崎で遊んでいたことを思い出す。前から話してみたかったステエションズのメンバーと尼崎の路上で酒を飲みながらひたすら雑談。面白いミュージシャンはどこの地域にだって出現するわけであるが、彼らは比較的関西っぽさを強く感じる。演奏も上手で曲も面白い。聞きたかったことをひとしきり質問してみたりなど。

 イベント後にもまた尼崎の路上で酒を飲みながらひたすら雑談。ローカル濃度がある程度高まると、いい意味でお金がどうだとか集客がどうだとかいう変な競争意識がなくなったおおらかな意識で音楽をしている人が多い。地方のぬるま湯でイキるわけでもなく、都内の大箱の楽屋でふんぞりかえるわけでもない、適度な自意識を維持するのは結構難しい。結局できる範囲で、どちらにも身を置いておくのがよいというのが自分の方針である。

 

某日

 森道市場に出演。チケットの価格に対して楽しすぎることで知られるこのフェス。金曜入りしてのんきに会場をふらふらしていたらタカマサさんにDJしない?と聞かれたので急遽DJ参加。モリウラさんにナチュールワインをいただいた際にどんな味がするかを尋ねると「ほぼハイチュウの味だよ」と言われナチュールワインとの距離感に痺れる。

 翌日午前中に出演。早い時間なのに集まってくれた人はありがとうございました。自分が謎の道を行きすぎて会えそうで会えていなかったFLAUのausさんと順番が前後だったのもよかったです。

 ひとしきりフェスを満喫したのちCYKの面々とあいのりでホテルへ。深夜なんとなく腹が減りコンビニへいき、帰ってくると喫煙所に再びCYKの面々。雑談し就寝。翌日チェックアウト時に食品まつり氏と遭遇し笑顔に。

 

某日

 音楽活動をする上での三原則として、1.他人を揶揄しない2.自分を卑下しない3.嘘をつかないの3つを掲げている。自分の本性たるや、日々人の悪口を言いまくり、過剰に謙り、息をするように嘘をつくわけであるので、これは単にin the blue shirtという名義を掲げて何かをするうえでは、上記の要素を芸風に含めないようにする、くらいのニュアンスである。

 ずいぶん昔から言っていたことで、もともと大した意味などなかったわけであるが、時代は加速しそうでもなくなってきている。人を叩くことをメインコンテンツに衆目を集めるやつはネットに溢れており、喫茶店などに行くとわかるが明らかに詐欺が流行っている。SNSでの軽い自虐程度の卑下で済むなら幾分マシで、失うものがなさすぎて明らかに割に合わない強盗に向かう人もいる。自分の本性からみても、それら全ての行動原理は十分に理解できる。そういったことをしないで済むのは運が良かっただけである。セミ無職などという程度の低いへりくだりはご容赦いただいた上で、運で得たものの再分配をするための修行として大学に向かうのである。