無題

 最近、音楽がらみの人の集まりに顔を出すたびに、「アルバムを作ってるんですよ」とか「アルバム出しますよ…平成のうちに…」などという話ばかりしている。 

 なんだかんだでだいたい毎日楽器を弾いたり曲を作ったりしているが、クライアントワークだったり、適当な暇つぶしだったりするので、ちゃんと気合を入れないとアルバム作業は一向に進まない。 

  そもそも、自分のような立場の人間は、まとまった音楽作品をリリースしなければならない道理などハナからないのである。そういう意味では、"平成のうちに"というのは口実として実にちょうどいい。アルバムは歩いてこない、だから歩いていくんだね……一日一歩、三日で三歩……。

 だいぶ内省って感じなので、周りは気にせず、のんびり春くらいに出せればと思います。

 

 

8月某日

 パソコン音楽クラブのアルバムのリリパ。行きの新幹線で、「音楽に対するハードルを下げたいというか、程度が低いものにしたい」と言う話を聞きながら東京へ。言いたいことは本当によくわかる。 

  「私は"わかってる"側の人間です」というスタンスを取り、ハリボテ、虚像の城を築いて人を集めることが最近のインターネットビジネスのトレンドっぽい感じもするが、にわか行為は見る人が見れば一瞬でバレてしまう。とはいえ、硬派にゴーイングマイ・ウェイするのみでも人が付いてこれないわけで、筋を通し、誠実さを保ちつつ、かつハードルを下げるというのは実に難しい。けったいなことを目指してるんやな…かわいそうに… 

  ついでに、「〇〇枚売れたらいいなと思う」という具体的な数字を聞く。その枚数が想像より多かったので、「おれらもついにそこまで来たか…」としみじみ。一方で、そもそも我々はクルーを組んでるわけでも、同じ事務所に属しているでもなく、"おれら"というのは変ではある。それでも"おれら"であるという感覚はどうしてもある。最近は、そのおれらのパイのデカさそのものが、少しずつ大きくなっている、そんな気がする。それはひとえにみんなの努力と実力である。パイの大きさそのまま、取り分をこねくり回しても仕方がないのである。パイはでかいほうがいいよな!知らんけど! 

  知らぬ間にブロガー、youtuberなどもある意味最適化が進んで、「作り込みより毎日更新」的な方向性がもはや常識になっている。とはいえ、まるで一つの正解があるような言い方をするようなやつは基本的にペテンである。最適化に乗り遅れた卑屈なおれたちは、めいめいのペースで作品を作っている。正解はいろいろあるはずだし、それでもやれることは周りの人達が身をもって証明してくれている。 

  オカダダさん、imaiさんというありそうでない組み合わせの2人にベラベラと言いたい話をしまくっている裏で、ステージには西山くんと柴田くんが上がっている。抑えきれない隠キャ成分とは裏腹に、やっている音楽への自信、矜恃はしっかりと感じられる。それを見るお客さん達は、心なしかいい顔をしているように見えた。 

  素晴らしい雰囲気のリリースパーティは柴田くんの間抜けな一本締めで幕を閉じる。ファミレスで雑に打ち上げをし、ラフに解散。改めてリリースおめでとうございます。

 

8月某日

 自分はメンタルが強い方だと思っていたが、完全に調子を崩してしまう。きっかけ一つ、人類総メンヘラ予備軍。明日は我が身。首の皮一枚、なんとかお盆休みまで漕ぎ着ける。

 長い盆をほとんど外に出ず、ひたすら曲を作って過ごす。休みさえあれば人間なんとかなるもので、だいぶ状況はマシに。困った時に本当に役に立つのは金と休日。悲しきかな、音楽は燃焼における酸素のようなもので、それ自体が燃料になることはない。 

  海へ行くなどというベタなこともした。意味がわからないくらい荒れていて笑ってしまったが、いい思い出である。

 

8月某日

 ナノボロフェスタに出演のため京都へ。興味あるバンドをバンドを何組か見ようと早めに会場へ。一発目にみたベランダのライブが想像より体温高めでテンションが上がってしまう。 

  京都にはいつだってホーム感を感じていたいが、なんせこの街は若者の入れ替わりが激しい。見渡す限り知らない人ばかりだし、もはや自分より10歳くらい下の人も多々いるわけである。はたから見た自分は「パソコンで音楽作ってるよくわからない人」だし気楽に行くか…と考えながら御池通を歩く。向こうから背の高い人が歩いてくるな、と思ったらチームDTMの先輩ことimaiさんであった。 

  楽屋でぼーっとしていると、自分の前の出番だった浪漫革命のメンバーに、「昔有村さんのバンドセットみましたよ」と言われる。「おお…あの志半ばの…お恥ずかしい限り…」と言う心持ち。折角なのでいいところを見せてやろうと意気込むも、悲しきかなおれがすることは、再生ボタンを押し、適当につまみをひねるだけである。にもかかわらず、不思議なことに、そんな行為にもその日の良し悪しというものが存在する。この日はおそらく良い方であった。 

  音楽をしていると、平均よりは不特定多数の人と喋る機会が多くなる。自分はだいぶ人当たりが良くなったな…としみじみ考えながら京都を後にする。 

 一方で、主催のモグラさんをはじめとする付き合いの長い人は、卑屈な若者でしかなかったかつての自分を知っているわけである。今も昔も変わらず良くしていただけるのはありがたい。

 

9月某日

 馴染みの服屋ことストラクト主催のイベントに出演。

 店長の原田さんとの出会いは数年前。年末のイベント出演を終え、心斎橋のコンビニの前でうんこ座りをして一人ポカリを飲んでいるときに急に話しかけられたのである。「なんかオシャレなアパレルの人が来たな…」と卑屈全開でいたく身構えてしまった記憶があり申し訳ない。今となってはストラクトで服を買い、ストラクトの靴を履き、定期的に一緒にサウナに行く。

  そんな彼主催のイベントは、周りの人たちの人柄そのままに実によい雰囲気であった。クラブ以外でやる音楽イベントも、クラブでやる音楽イベントもどちらも比べられない良さがあるので、是非みなさんお好きな方へ遊びに来てください。来年もまたやりましょう。

 

9月某日

 久しぶりの札幌。移動の時間潰しに小説でも買うかと思うも、空港の保安検査を経た後の空間にはベストセラーの類の本しか存在せず、なかなか読みたいものが見つからない。なんとか未読の名作を選び空へ。離陸するや否や眠ってしまい、目が覚めるとそこは新千歳であった。 

  割と震災の直後であったため、浮かれていてもいいのかという気持ちも片隅にありながら、ここのところの鬱々とした日々の反動で、新千歳から札幌へ向かう車内のなかの自分は、結果として完全に浮かれポンチであった。ここで、伊丹で購入した小説を読むことなく機内に置き去りにしてしまったことに気づく。南無三。 

  いったんすすきのに到着し、お茶でも買うかとコンビニに入る。見渡す限りまるで商品がない。そりゃそうだよな…

 地震から10日しか経っていないのに、コンビニの看板を見ると、当たり前に商品が並んでいるような気がしてしまう。自分の想像力とはその程度である。インターネットでなんでも俯瞰できているような気にさせられることが増えたが、現実の自分はこんなことですらも思いが至らない。

  思いが至らない人間の飯屋選びとは破滅そのもの、「サイゼか、マクドナルドか、ミスドか…」「ミスドで…」、気づけばもう札幌に住んでいないパーゴルと、札幌とは思えない三択からミスタードーナツを選択。募る話を消化。くだらない話をしていたようで、割と真面目な話でもあった気も。 

  札幌には年に一回くらいのペースで来ているため、moleの中川さんや、地元のDJのみなさん、そこに遊びにくるお客さんなど、もう顔なじみといった感じ。

 中川さんにいつか言われた「こういうのは久しぶりだから楽しいんですよ…」という言葉は何度でも思い出す。それは前向きな意味でもあり、同時にネガティブな意味もなきにしもあらずである。まあ結局、友達に会うのはいいよねという話でもある。働き出した今となっては、年に一回定期的に会う人なんていうのは、もはやよく会う側の人間であり、久しぶりなのかも怪しい。

 

9月某日

 残業を終え、会社から自転車で帰宅。7kmほどある道中で、突然大雨に降られてしまう。ボケがよと思いながらコンビニでもないかと周りを見渡すと、ちょうどイオンモールがあったので逃げ込むように中へ。 

  家にまっすぐ帰りたくない気持ちも相まって、雨宿りがてら映画を一本見る。郊外のレイトショーは本当に人が少ない。マーベル作品であるにもかかわらず、客はおれの他におっさん1人とカップル1組のみであった。 

  映画が終わり、外に出るも、当たり前のように雨が降りつづいている。イオンモールは映画館以外の施設は全て閉まっていて、傘を買うこともできない。まさに"なにかあるようでなにもない"やな…などと思いつつ、結局雨に打たれビショビショの帰路。 

 ふと「これは自分の人生みたいだな……」と考える。イオンモールに逃げ込んだところで、雨はやまない。問題を先送りにし、少し状況が悪くなる。そして、まあ映画面白かったしいいか、などと特に問題にもしていない。 

  よくわからないが、少し泣いてしまった。帰宅した家には誰もいない。